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平将門の首塚は運気転換に最適な「本物のパワースポット」!

投稿日:2019年2月23日 更新日:

パワースポット平将門の首塚

平将門の首塚。昭和の子どもたちはみんな知っていますよね。 

崇徳天皇、菅原道真と並び、日本三大怨霊の一つに数えられていた平将門を祀る場所です。 

近くを通りかかることはよくあったのですが、遠目に見るだけで近寄ることはしませんでした。 

なぜって、首塚を取り壊して当時の大蔵省仮庁舎を建てようとすると何人もの人が亡くなったり、あるいは病気になったりという逸話。こんな話を知っていると、やっぱり怖いですよね……。 

令和3年4月に装いも一転、整備された平将門の首塚

令和3年4月に装いも一転、スタイリッシュに整備された平将門の首塚

清田益章氏推薦の「本物のパワースポット」

ご存在だけは知りつつ幾年月。それがなぜ急に行ってみようという気になったのか。 

それはこの本にパワースポットと書かれていたからです!

単純な理由です……。

著者は、昭和の子どもたちは必ずや夢中になったはずのスプーン曲げで和製ユリ・ゲラーとして一躍有名になり、そして、パワースポットの名付けの親、清田益章氏です!

スプーン曲げ。若い方はご存じないでしょうが、全国の小学生、中学生が給食用のスプーンを次々に力ずくでねじ曲げていった一大ムーブメントでした。(本当は超能力で曲げます)

パワースポットなんて言葉は今では普通に使っていますけれども、清田氏が使い出した言葉なんだそうです。みうらじゅん氏の「マイブーム」「ゆるキャラ」みたいなものなんですね。 

随分昔に買った本ですが、パラパラとめくってみると「将門の首塚」のページが! 

本の内容に全く記憶がないので積ん読状態だったようです。

しかし、今は違います。興味深く読みました。

清田益章氏よると「平将門の首塚」には、長い間「触らぬ神に祟りなし」という念を持っていたが、ある取材で訪れたとき、小さなエリアにもかかわらず大きな森を彷彿とさせる気を放っていたというのです。 

強いパワースポットなんだそうです。避けていた場所が行ってみたい場所になってしまいました。 

次のステップを志す人は行くべし! 運気転換!

防護ケースに守られる平将門の首塚

周辺の開発工事が終わるまでは防護ケースに守られるそうです(平成31年2月撮影)

土曜日の午前、大手町のオフィス街はほとんど人は歩いていません。

平将門の首塚は、建設中のオフィスビルに囲まれるようにひっそりと、しかし、周りには決して同化せず、強い主張をしながら佇んでいるようでした。

首塚の敷地だけが触れられることなく周囲では大規模な開発が進められています。 

そして、敷地には、万が一の影響が出ないように周囲を鉄骨づくりの防護屋根が覆っています。

開発工事中のビルに囲まれた平将門の首塚

平成31年2月撮影

敷地は100坪くらいでしょうか。こんもりとした木に守られています。静かな空間の中、線香が一束焚かれていて、煙が無風の一帯に漂っていました。

静寂すぎるほど静寂です。もちろん、土曜日で周辺の会社が休みだからということもあるでしょう。 

もっと、暗い感じのするおどろおどろしいところだと思っていましたが、むしろ清掃が行き届いていて清々しく思えます。 

・・・そうです。『本物のパワースポット』を読まずに訪れていたら怖がっていたかもしれません。影響されやすいんです、いい意味で。 

『本物のパワースポット』の一節をご紹介させていただきます。

 現状を維持しながらも、確実に次のステップを志している人は、この地を訪れ、敬意を表してみてはどうだろうか?

 将門公の強い意志は、われわれに勇気と決断力を与えてくれる。また、成しえなかった念いが時空を超え、また、人の意識を返して存在しているように感じる。運気転換。

※本文ママ

どうです? 行ってみたくなったでしょ! 

「触らぬ神に祟りなし」というのは、ある意味、本当だと思います。 

ただ、敬意を持って、心も行動も静かに参拝すれば、帰りにはきっと澄やかな気持ちで平将門の首塚を後にすることができますよ。 

神田明神とのつながり

平将門の首塚にある神田明神の幟

平将門の首塚の敷地内には神田明神の幟が建てられています。

なぜ?と思いますよね。 

神田明神の一の宮は大己貴命(おおなむちのみこと)。大国主命(おおくにぬしのみこと)または大黒様としてもよく知られていますよね。 

二の宮は少彦名命(すくなひこなのみこと)。恵比須様として知られます。 

そして三の宮が平将門命(たいらのまさかどのみこと)なのです。

神田明神

三の宮として平将門を祭る神田明神 

除災厄除の神様、まさかど様として延慶2年(1309)にご奉祀されています。武士の先駆けとも言われる「兵(つわもの)」を率いて、東国の政治改革をし、命を張って民衆たちを守った偉人として祀られています。 

神田明神についてのページはこちら

神田神社(神田明神)。随神門から見る拝殿
【神田神社(神田明神)】平将門を祭るお江戸八百八町の総鎮守さま

神田神社。通称、神田明神です。神田明神のほうが一般的に使われています。 神田神社といえば、東京を代表する神社、知名度トップクラスの有名神社と言っていいでしょう。 東京十社の一つです。 東京都心の神田、 ...

平将門の首塚と皇居は別の日に訪れるべし

皇居のお堀はすぐ近くです

清田益章氏から1つ「注意」があります! 

平将門の首塚からほんの200メートルほどは皇居のお堀があります。しかし、訪れるタイミングはずらしたほうがいいとのことです。 

そうですよね。平将門は京都の朝廷に対抗して、東国の独立を目指し「新皇」と自ら名乗った、言ってみれば朝敵です。 

1000年を超えるとはいえ、お互いに簡単になじんでいるものではないことは確かでしょうね。

平将門を祀る築土神社

平将門を祀る築土神社

神田明神の他にもう一社、平将門を祀る神社があります。

築土神社です。「つくど」と読みます。

とっても気になるので参拝してまいりました。

場所は靖国神社の一の大鳥居からさほど離れていないところ、首塚からは1.8kmほど北西方向になります。

ビルとビルに挟まれた、ヒジョーにわかりにくい場所にあります。



しかし、ここはいわくあり過ぎの驚きの神社なのです。

創建は天慶3年(940年)という大変に古い神社です。創建当初より平将門を祀っていたのですが、明治の世になり、天皇に刃を向けた者を祀ることはままならず、宮崎県の霧島神宮から 天津彦火邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)を勧請し主祭神としています。

その後、平将門は主祭神ではなく、相殿神(あいどののかみ)の位置でひっそりと祀られていました。平将門を昔から祀っていたことが再び公にされたのは、何と、平成2年のこと。つい最近です!

何ともやるせない築土神社代々のご苦労がしのばれる話です。

そして、さらに驚きなのがかつてのご神体です。

何と、平将門の首を収めていたという「将門の首桶」です。

この首桶は見ると目が潰れると伝えられていて、宮司も容易に見ることは許されなかったそうです。

残念ながら昭和20年の戦災によって消失してしまいましたが、人々の記憶から忘れ去られながらも大事に築土神社によって守られてきていたのです

築土神社 http://www.tsukudo.jp/houmotu-kubi.html

築土神社は、創建当初は「津久戸明神」、その後、田安明神、築土明神と名を変え、築土神社となりました。

さらにもともとは首塚の近くにあったのですが、太田道灌による江戸城築城、徳川家康の江戸城入城による拡張、戦災、九段中学校建設などにより遷座すること6回です。

社殿はビルの間にたたずみます

そして、今のご鎮座するこの場所と、首塚と神田明神、地図の上で線でつなげてみるとほぼ正三角形になります。

このトライアングルをめぐって、参拝してみてはいかがでしょうか


NHKも認めたパワースポット「新日本風土記」「チコちゃん」

さて、平将門の首塚ですが、何と、NHKでも「パワースポット」として番組になったことがあるんです。

民放の深夜番組やYouTubeではありませんよ。

天下のNHKです!

新日本風土記」という番組で「平将門の首塚 不思議な畏怖がわくパワースポット」として放映されました。

今でもダイジェスト版が「動画で見るニッポン みちしる」で見ることができます!

NHK 動画で見るニッポン「みちしる」

 

そして、さらに、令和3年1月には私も大好きな人気番組「チコちゃんに叱られる!」でも紹介されましたよ!

それが何と! 日本のパワースポットベスト3としての紹介! しかも堂々の1位です!

選者は民俗学者の新谷尚紀氏。国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学名誉教授、國學院大学大学院客員教授という、とってもすごい肩書をお持ちの超一流の先生です。

そんなスゴイ先生が「民俗学者の間でもパワースポットといえばまずはここという場所。最強のパワースポットと思われてきたんじゃないか」と紹介されていましたよ!

令和3年4月修復工事完了! 驚きのリニューアル(追記)

修復工事が完了した平将門の首塚

修復工事が完了した平将門の首塚

令和2年11月から修復工事中だった平将門の首塚ですが、令和3年4月、修復工事完了となりました。コロナ禍ではありますが、車の運転免許更新のために訪れた神田運転免許更新センターの帰りに寄ってみました。(平将門の首塚と運転免許更新センターは徒歩3分ほど)

来てみて、見てみてびっくり! とにかく色も景色も雰囲気も何から何まですっかりと変わっていました。

「修復」というよりは「リニューアル」「リフォーム」「リノベーション」といった感じです。

うっそうとした森を思わせていた木々は伐採されたのか、移植されたのか、ほぼなくなっています。

常にたっぷりの湿度が感じられていた境内でしたが、一転、カラリとしたサラサラの空間となりました。

平将門の首塚の石塔と石碑

石塔と石碑はそのままに

しかし、石塔と石碑はそのままです。この周辺だけは、いにしえからの湿度を感じます。「核心」は完全に残されています。

私が勝手に感じていた場の持っていた風情や雰囲気は本質ではなかったようです。

令和3年で将門の没後1082年となります。関東大震災や東京大空襲だけでなく、幾度もの変遷を繰り返してきた「平将門の首塚」です。この先、100年も200年も、さらに1000年も残されていくに違いありません。

お参りに訪れる人々のおもい、保全活動を続けていらっしゃる保存会の方々が新しくて昔から変わらない「平将門の首塚」を守っていくんでしょうね。

 

まとめ

いかがですか。こうしてみると、ただおどろおどろしいイメージしかなかった平将門の首塚もちょっと違った見方になりますよね。 

1000年以上にわたって人々によって守られてきた神聖な場所です。 

東京都の指定文化財でもあります。 

恐れるのではなく、畏れて参拝するといいと思います! 

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