ちょっといいこと

広沢虎造 「石松三十石船道中」

浪曲って好きですか? といっても、まず若い人で浪曲好きの方はいないでしょうね。笑

僕は50代ですが、友人で浪曲好きの人は一人もいません。

 

浪曲好きといっても、僕が聞いているのは広沢虎造だけ。虎造といっても知らない人が多いでしょうが、もしかすると「石松三十石船道中」なら聞いたことがある人もいるのではないかと思います。

 

旅ゆけば~、駿河の道に茶の香り~

 

食いねえ、食いねえ、鮨を食いねえ、なんて節やせりふを聞いたこと、見たことがあるかもしれません。

 

この「石松三十石船道中」を聞きながら、調べながら、書き起こしてみました。

 

この歌詞カードを見ながらYouTubeで「石松三十石船道中」を検索して聞いてみてください!

 

 

旅行けば、駿河の道に茶の香り。

流れも清き太田川、若鮎躍るころとなる。

松の緑の色も冴え、遠州森町良い茶の出どこ。

娘やりたや、お茶摘みに。ここは名代の火伏の神、

秋葉神社の参道に、産声あげし快男児。

昭和の御代まで名を残す、遠州森の石松を、

不便ながらも務めます

 

八軒屋から伏見に渡す渡し船は、

三十石といいますから、かなり大きい船でしょう。

これぇ石松っさんが乗り込んで、

余計なお宝払って、胴の間のところ、

畳一畳ばかりを借り切って、

親分には内緒だが、途中で買ってきた小さな酒樽、

ふちの欠けた湯呑みに注いで飲む。

大阪本町橋の名物、押し鮨を脇に置いて、

酒を飲み、鮨を食べているうちに、

船が川の半ばへ出る。

乗り合い衆の話、

利口が馬鹿になって大きな声でしゃべる。つまり退屈しのぎ。

この話を黙って聞いているとおもしろい。

お国自慢に名物自慢、仕舞いには豪傑の話が出る。

「武蔵坊弁慶と野見宿禰が相撲を取ったらどっちが強いだろう」

「へん、つまらねえ話をしていやがる。

弁慶と野見宿禰が相撲をとってたまるかい。

だけどおもしれぇな。この話が酒の肴になるからな」

 

 

笑いながら飲んでたら、この話に枝から枝、

いつしか咲いたよ、見事な花が、

変わりました、親分衆の話となる。

商売は道によって賢しとやら。

自分の渡世の話が出た。

もう親分次郎長の、たしか名前が出る時分と、

乱暴者の石松が、聞いているとは夢にも知らず。

乗り合い衆は大きな声。

 

「おまえさん、何だね。大変、あの~博打打ちが詳しいね」

「わっしゃ、この、やくざもんが好きでがしてね」

「はぁ、どうでしょう、どの国に一番いい親分がいますね」

「そらぁ、まあ、何ていっても関東でげしょう」

「え」

「関東、甲州、上州、武州、下総、信州なんていったら博打打ちの本場と言ってもいいぐらいで、いい親分がいますからな」

「はぁ」

「土地に似合わない、いい親分のいるところが伊勢。伊勢にはいい親分がいるね。

 けど親分の数の多いところは、誰が何と言っても東海道。東海道にはいいのが居んで。

三州、寺津の間之助、

西尾の治助、

見付の大和田友蔵、

藤枝長楽寺清兵衛、

伊豆の大場の久八、

富士郡、宮島歳三、

宝飯郡、雲風亀吉、

御油の玉屋の源六なんてったらすごいからな」

「ははぁ、詳しいな、おまえさんは。

今、街道一の親分てぇと誰でしょうね」

「ないね。ヘぇ。ありません。

東海道に親分の数はあるが、おんなしぐらいに肩を並べて、

ぐーっとズ抜けたのはないが、

五年経つと街道一の親分ができますよ」

「はあ、誰です」

「この船が伏見に着く、少し下に下る。

草津の追分に見受山の鎌太郎。

歳は二十八だが筆が立って、算盤が高い。

やくざに強いが、堅気に弱い、真の侠客。

この見受山鎌太郎、五年経ったら街道一の親分でがしょうな」

「なーるほどな、名前は聞いているが、お目に掛かったことはねえ。

見受山の鎌太郎てえのは、どこ行っても評判がいい。

帰りがけ通らりゃならねえ草津の追分か。

一宿一飯でお世話になって、

俺は秤じゃねえが向こうの貫録をちょいっと測ってみようかい」

 

独り言を言っている脇で、いい気持ちに寝ていた男ががばっと起き上がって、

「お、お、お、え~畜生、うるせえな、

がーがーがーがー騒ぎやがって寝らんねえや。

しょうがねえから、話相手になろうと思ったら、

弁慶と野見宿禰が相撲とったって言いやがる。

馬鹿馬鹿しいから黙っていたんだ。

おー、おー、おー、ありがてえね、やくざもんの話になったな。

江戸っ子だ、神田っ子だ、ふざけやがって。

あの荷物のところに寄っかかっている人、

おぅ、今、おまえさん、何とか言ったね、おぅ。

五年経ったら街道一の親分ができる?

笑わせやがらあ、来年の話をすると鬼が笑うってんだい。

五年先の話をしたら、鬼は何て言って笑うんだい。

今、笑いように困っているじゃねえか、鬼がよ。

だからさ、今の話をしてくれ、

街道一の親分は、今立派にあるじゃねえか」

「それを知らなかった、街道一の親分は、一体誰でございましょう」

「駿河の国が安倍郡、

清水湊有渡町に住む山本長五郎。

通称、清水次郎長。これが街道一の親分よ。」

 

酒飲みながら、この話、聞いていました石松も、

今の話が出たときは、思わず知らずにっこり笑い、持った盃、そっと置く。

待てば海路の日和あり。

 

「え~、有り難ていのが出てきやがった。

もう親分の名前が出るだろうとさっきから待っていたんだが、

やっぱりこういう話は、江戸っ子に限るね。

あん畜生、馬鹿に気に入っちゃったよ。一杯飲ましてやろう。

おー、お、江戸っ子、江戸っ子、おー、若えの、

今しゃべっているの、おう、あの寝起きのいいの」

「何だ色んなこと言ってやがる。俺かい。」

「おめえだ、おめえだ、おめえだよ。ここへ来ねえ。ここへ。

ここへ座んねえ。

いいよ、余計な金払って借り切った俺の場所だい。

大きく言や、俺の城下だ。遠慮はねえ、座んねえ。」

「ありがとう」

「江戸っ子だってな」

「神田の生まれだ」

「いいな。京、大阪の人の言葉は、あんまり大人しくて、

こちとらしゃべっていて、決まりが悪くてしょうがねえ。

そこいくと江戸っ子だい。長え話は短くて済んじまうんだ。

これを唱えて「ざっくばらん」てえんだ。

おぅ、飲みねぇ、おぅ、飲みねぇ、飲めるんだろう。

ふふん、そうだろう鼻が赤えや」

「何を言いやがるんでえ。よせやい」

「はっはっはっはっはっはっ、そう怒るなってことよ。ほい、きた。

今、何だな、やくざもんの話をしたな」

「さようでござい」

「街道一の親分は、何とか言ったな。」

「清水次郎長」

「あぁ、次郎長。次郎長ってのは、そんなに偉いか」

「えっ」

「次郎長ってのは、そんなに偉いか」

「おぅっ」

「何だい」

「酒をご馳走になったり、鮨をご馳走になったりして、

文句言いたくねぇが、文句を言いたくなるじゃねぇか。

口は災いの門、舌は災いの根ってことを知らねぇか。

次郎長てえのは、そんなに偉いか?とは何だよ。

「か」だの、「だろう」という言葉は人を疑るよ。

関東八カ国、管内六カ国、十四カ国に博打打ちの親分の数ある中に、次郎長ぐらい偉いのが二人とあってたまるかいっ」

「飲みねぇ、飲みねぇ、おぅ飲みねぇ、おぅ鮨食いねぇ、鮨を、もっとこっちに寄んねぇ。江戸っ子だってね」

「神田の生まれよ」

「そうだってね、そんなに何かい、おぅ、次郎長は偉いかい」

「偉いったって、けど、おまえさんの前だけど、次郎長ばかりが偉いんじゃない」

「まだほかに偉いのがあるか」

「物事出世をするのには、話し相手、番頭役が肝心さ」

 

出世大将、太閤秀吉公に竹中半兵衛という人あり、

徳川家康公に南光坊天海あり、

ぐっと下がるが、紀州の人、みかんで売り出すあの紀伊国屋文左衛門も

仙台の浪人で、林長五郎という人が、

番頭さんになったから、文左衛門が出世をした。

次郎長とてもその通り、話し相手が偉いのよ。

 

「イイ話し相手がいるからな、あそこには」

「誰だい、その次郎長の話し相手てのは」

「子分だよ。」

「え?」

「子分、いい子分がいるで、次郎長には」

「飲みねぇ、飲みねぇ、おぅ、飲みねぇ、おぅ、鮨食いねぇ、鮨を。

もっとこっちへ寄んねい、江戸っ子だってね」

「神田の生まれよ」

「そうだってね、そんなに何か、あの、次郎長にはいい子分がいるかい」

「いるかいどころの騒ぎじゃないよ。千人近く子分があって、その中に代貸元を務めて、

人に親分、兄いと言われるような人が二十八人、

これを唱えて清水の二十八人衆。

この二十八人衆の中に次郎長ぐらい偉いのが五、六人いるからね」

「飲みねぇ、おぅ、飲みねぇ、おぅ、もっとこっちへ寄んねぇ」

「神田の生まれよ」

「んなこと聞いてやしねぇじゃねぇか。

よせよ、神田、神田ってつってやがら、さっきから。

おぅ、おまえの生まれなんか、どうだっていいんだよ、こうなったら。

おまえさんね、馬鹿に詳しいようで、俺、聞くんだけど、

次郎長の子分の大勢ある中で、兄、弟の貫録は問わないが、

一番強いのは誰だか知ってるかい」

「そら知ってらい」

「誰が強い」

「清水一家で一番強いのは」

「うん」

「尾張の御先手、槍組の小頭、槍をとっては山本流の使い手、山本政五郎。

武家を嫌ってやくざになって、次郎長の子分、

身体が大きいから清水の大政、これが一番だな。」

「あ~、やっぱりあいつにはかなわねえな。

あの野郎、槍を使いやがるからね。

俺はまるっきり槍を知らねえからね、やりっぱなしだから俺は。

と、二番は誰だ」

「浜松の魚売りのせがれ、お父つぁんに患われて食うことができない。

シジミを売って親孝行。

お上から、三度、褒美を頂いたが、

十三の暮れにお父つぁんに死に別れて、

何とかやけだってんで、博打打ちになって次郎長の子分。

身体が小さいから、人が馬鹿にしていけない。

こうゆう家業は、馬鹿にされちゃ男になれねい。

きょうから剣術を習おう。

並み大抵の剣術じゃだめだって、居合抜きを習った。

山椒小粒でヒリリと辛い、大きな喧嘩は大政だが、

小さい喧嘩は小政に限るって。小政が二番だな」

「あん畜生、手が早いからね、どーも。三番は誰でい」

「千住の草加の在の大瀬村の村役人のせがれ、大瀬半五郎だね」

「あいつあ、利口だからな、人間がな。

おれはどっちかてえと、少しおっちょこちょいだからな、

まったく。で、四番は誰でえ」

「遠州秋葉、三尺坊の火祭りで、お父つぁんの敵討ちをした増川仙右衛門だな」

「あ~五番だな、俺はなあ。段々、段々下がって来やがる。

だけど否が応でも、五番にや俺よりねぇだろう。五番は。」

「法印大五郎」

「六番は」

「追分三五郎」

「七番は」

「尾張の大野の鶴吉」

「八番は」

「尾張の桶屋の吉五郎」

「九番は」

「三保の松五郎」

「十番は」

「問屋場の大熊」

「出て来ねえね、俺はね。この野郎、俺を知らねえな。

嫌な野郎に会っちゃたな、こりゃあ。

随分鮨を食いやがって、また。

十一番は」

「鳥羽熊」

「十二番は」

「豚松」

「十三番は」

「伊達の五郎」

「十四番は」

「石屋の重吉」

「十五番は」

「お相撲常」

「十六番は」

「滑栗初五郎」

「十七番は」

「うるせいな、おい。下足の札もらってんじゃねえや。

何言ってやんだ。十六番、十七番って言ってやんだ。

いくら次郎長の子分が強いつったって、

強いといって自慢するのはそんなもんだ。

あとの奴は、一山幾らの我利我利亡者ばっかりだよ。」

「こね野郎、とうとう我利我利亡者にしやがったな、俺を。

やい、もっと前へ出ろ。おもしろくねえな、てめえは。

俺はね、初めておめえの顔を見たときに、

やぁ、こいつはおもしろくねえなと思ったんだ、本当は。

さっきから黙って見てりゃ、誰のもん食っているんだ。

酒だって、鮨だって、みんな俺が買ったんだぞ。

たとえ飲みねぇ、食いねぇったってね、人ってものは遠慮するもんだ。

何? もう食いません?

何だ、あらかた食っちゃったじゃねぇか、おめえは。

何も酒飲んだ、鮨を食ったからって、怒るようなしみったれじゃねぇや、俺は。

けど、怒りたくなるじゃねぇか。

おめえ何だね、詳しいように見えて、あんまり詳しくねえな。

次郎長の子分で、肝心なのを一人忘れてやしませんかってんだ。

この船が伏見に着くまででいいから、胸に手当てて、

よぉく考えてくれ。え、おい」

「泣いたってしょうがねえな、おまえさんな。

いくら胸に手を当てて考えてたって、

そのほ~か~に、強~いといい、強い。お~っ、一人あった!」

「それ見ろ、誰だい」

「こりゃ強いや」

「おうっ」

「奇妙院常五郎」

「嫌な野郎だね、こん畜生。思わせ振りをするな、思わせ振りを。

そんなもんを考えろってんじゃねえや。

もっと強いのがあんでしょ。

清水一家で一番強いのは、特別強いのが、あるんだよ。

おまえさんね、気を落ち着けて考えてくれ、もう何事も心配しないで。」

「何も、心配なんかしてねえや。

どう考えたって、誰に言わしたって、清水一家で一番強いていえば、

大政に小政、大瀬半五郎、遠州森のい……。

あれ。

大政に小政、大瀬半五郎、遠州森のい……。

あれ。森の石……、だあ~、客人すまねえ。

イの一番に言わなきゃならない、清水一家で一番強いのを一人忘れていたよ」

「おもしろくなってきやがったな、これは。

これね、この酒ね、今飲めってんじゃないよ。

お預けだよ、こりゃ。

後の出ようによって、みんな飲ましちゃうんだから。

え~っ、誰が一番強い」

「こりゃ強い、大政だって、小政だって敵わない。清水一家で離れて強い」

「うんっ」

「遠州森の生まれだ」

「待った、お上がんなさい、お上がんなさいよ。

もっとこっちい寄んなよ。

俺ね、何となくおまえさんが好きでしょうがねえ、なあ。

初めておまえさんの顔を見たときに、あ~、この人はいいなと思ったよ、なあ。

あのね、今日は午の日だよ。

船が伏見い着いたら、御山をお参りして、京都見物が済んだら、

あんたの身体を二晩借りたよ、祇園の町で。

おらぁ、祇園で二晩おごっちゃうぜ」

「本当かい」

「もっと、こっちい寄んなよ、こっちい。えー。誰が一番強い」

「これは強い。遠州森の福田屋と云う宿屋のせがれだ」

「なるほど」

「左の眼。左の……、大変だよこりゃ。俺はこの話はしたくなかった。

うまく忘れてたんだけど、考えろ考えろって言いやがる。」

「どうしたい」

「え」

「どうしたい」

「まずい、話が合っちゃったよ。おまえさんと同なじだい」

「何が」

「え」

「何が同じだい」

「それがね、変なとこなんだよ。大きな声じゃ言えないがね」

「あぁ」

「片っ方、よくない」

「えー」

「片っ方、よくないんだよ」

「何が」

「え」

「何が片っ方よくねえ」

「それがね、眼が片っ方良くない」

「あー、懐かしいな、そりゃあなあ、おぃ。

で、随分おもしろいな。どう、どっちの眼だ」

「え」

「どっちの眼が良くねえ」

「あの人ね、あの人はつまり、こう向いてね、こう向いてこっち。

同じなんだよ、やっぱりこの左なんだよ。

森の石松ってんだい。これが一番強いや」

「飲みねぇ、飲みねぇ、おぅ飲みねぇ、おぅ、鮨を食いねぇ、鮨を。

もっとこっちへ寄んねぇ。江戸っ子だってね」

「神田の生まれだい」

「そうだってな。そんなに、何か、石松は強いかい」

「強いかいなんてのはこんなもんじゃないよ。

神武この方、博打打ちの数ある中に、強いと言ったら石松さんが日本一でしょうな」

「おめえ、小遣いやろうか。お、え、あんのかい。

そうかい、そんなに強い」

「強いったって、あんな強いのないよ」

「そう」

「だけどあいつは、人間が馬鹿だからね」

「嫌な野郎だね、こいつは。上げたり下げたりしてやがる。

誰が馬鹿だい」

「え」

「誰が馬鹿だい」

「石松が」

「清水一家の森の石松は馬鹿かい」

「馬鹿ったってね、東海道で一番馬鹿なんだ、あいつは。

だからね、おまえさん、東海道をゆっくり歩いてごらんなさい。

あいつのうわさで大変。

このごろ、小さな娘がねえ、子守り歌に歌ってますよ」

「何を」

「石松つぁんのことを」

「子守り歌?」

「ええ」

「ヘ~、俺は聞いたことがねえが、おまえその子守り歌を知ってるか?」

「わっしゃ、知ってますよ」

「ふうん、やってみな」

「え」

「やってみな」

「何を」

「子守り歌」

「え~、やってみましょう」

 

お茶の香りの東海道、清水一家の名物男。

遠州森の石松は、しらふのときはよいけれど。

お酒飲んだら乱暴者よ、喧嘩早いが玉に傷。

馬鹿は、死ななきゃ、治らない。

 

「石松ってやつは、本当に馬鹿だからね、あいつは」

「畜生、がっかりさせやがる、こね野郎。

あ~、小遣いやらなくてよかったよ、こりゃ」

 

笑いの内にこの船が、無事に伏見に着きました。

船から上がる石松が、御山をお参り、京都見物できまして、

これから清水に帰り道、通りかかったところは、

草津追分、見受山、ここの貸元、鎌太郎。

お目に掛かったことはないけれど、

人のうわさでちょいちょい聞くが、かなり評判のいいお方。

どのぐらい貫録を持つ人か、秤じゃねえがこの俺が、

ちょいと測ってみよかなと、独り言を言いながら、

参りましたよ、鎌太郎宅。

 

この時の石松の姿が、白の蛇型の単衣、

紺の一本独鈷、手綱染めの上三尺、千種の半股引、

同じく山の付かない脚絆、素足に草鞋、着物の裾を三方高く端折って、

丸の中に金の字、真鍮の金具の打ったのが、金比羅山のお守り、

それを背中にしょって、笠をあみだに被って、

こぼれ松葉の手拭いを首んところに引っ掛けて、

新刀鍛冶、池田鬼神丸を一本差して、

右の手に要の取れた扇子を一本持っていたそうです。

 

鎌太郎の家の前まで来ると、被っている笠を取って脇い置いた。

差しているものを抜いて、

下げを柄頭いちょいっと絡んでこじりを前い出した。

それを右の手に持ちました。

ご当家には恨み、遺恨は御座いません。お手向かいは致しません。

口には出さない、形で見せる、因果な稼業。

そうして切った石松の仁義が、誠に立派であった。

見受山鎌太郎と森の石松のお話。

 

丁度時間となりました。ちょっと一息願いまして、またのご縁とお預かり。

どうです? なかなかいいもんでしょ。

でも、僕が持っているCDには歌詞カードが入っていなかったので一生懸命つくってみましたが、Amazonで広沢虎造のCDを探していたら、「全演目歌詞カード付き」なんてCDセットがあるんですね。。。いつか買おうと思います!

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